ギョメムラ

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『ナイトクローラー』サイコパスにとってパパラッチは『科学的な適職』か

 

元銅線泥棒というゴマキの弟のような男がフリーのパパラッチとして成り上がる映画『ナイトクローラー』。視聴率至上主義に囚われる主人公がどんどん倫理観を失っていくドライブ感が見どころです。

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単にジェイク・ギレンホールの眼力を楽しむだけでも面白い作品でしたが、個人的には「仕事選び」について考える映画としても面白いと感じました。

主人公は一言で言えばサイコパスです。パパラッチと言っても事件事故現場専門で、知らせがあれば完全にスピード違反で車を飛ばし現場に駆けつけます。瀕死の被害者には表情ひとつ変えずにカメラを向けます。死体がいい感じのポジションになかったら勝手に動かして再撮影します。

 

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ここまで行くとやりすぎではありますが、彼が成功を収められたのは「やりすぎ」だったおかげでしょう。スクープそのものにしか興味のない業界人の中で主人公の評価はうなぎ登りに上昇していきます。

要するに、銅線泥棒からパパラッチへの転職は成功であった、パパラッチこそ彼の適職であったと考えられそうです。

 

ではここで、人間にとって「適職」とは何なのかを掘り下げていきます。

 

科学的な適職

科学的な適職

 

 

参考文献として『科学的な適職』を用います。DaiGoが書いた本みたいになってますが違います。こういう「本の帯書きまくってる人が書いた本の帯」って宣伝効果あるんでしょうか。まあそれはいいとして、本書は学術的なエビデンスに基づきどうすれば我々が仕事選びに成功できるのかが論じられています。

 

・「好きを活かせる仕事」と仕事の満足度は関係ない
・「給料が高い仕事」と幸福度に相関関係がない
・「ラクな仕事」を選んでも、ラクすぎると死亡率が上がる
・職種の将来性は結局誰にもわからない

 

この本ではのっけからこんな身も蓋もない主張を展開し、従来の「適職」の考えを覆していきます。

じゃあ真の適職とは何なのか。筆者が上げている7つの条件を『ナイトクローラー』の主人公に重ねて紹介します。

 

①自由

いわゆる裁量権です。女性は仕事する場所と時間、男性は仕事のペースや進め方に融通がきくと満足度が上がるようです。

男性である主人公にとってこの部分は満たされているのではないでしょうか。

そもそも彼はフリーのジャーナリストなので、事件の情報を得たところで「行く」か「行かない」かは自分次第です。現場に行ったとしても何を撮るかは自分次第。つまり仕事のペースや進め方は完全に自由です。死体があるところでしか仕事できないので場所・時間の自由は制限されていますが、毎日同じオフィスに通うよりは選択の余地があるように思えます。

 

②前に進んでいる感覚

主人公が撮った映像には局内の人間から明確なフィードバックが得られます。

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それだけでなく、スクープの放映時間や視聴率によっても成果が可視化されるのでパパラッチは成長を感じやすい仕事であると言えます。

 

③自分のモチベーションタイプに合っている

人間の性格は2パターンに分類できるそうです

・攻撃型
 安全<スピード 最高の状態を目指す
 →変化の多い業界に向く

・防御型
 安全>スピード 最悪の状態を避ける
 →正確さが求められる業界に向く

パパラッチの仕事は完全に攻撃型向きの職業に思えます。では主人公の性格は本当に攻撃型なのでしょうか?もちろんリスクを顧みず現場へ車をぶっ飛ばすさまはアグレッシブに見えますが、求められていることをやっているだけで心の内では満足していないかも知れません。

他人の性格タイプを勝手に予想するのは無粋ではありますが、ここで主人公の前職を思い出してみましょう。

そう、ゴマキの弟と同じく銅線泥棒。リスクしかない職業です。そんな職場で数年間生活できていたと考えれば、彼に攻撃型の職業がマッチしていると言っても無理はないでしょう。

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④目的・ビジョン・評価軸が明確である

視聴率や放映時間がパパラッチの評価軸になることは先述しました。他にも局の人間が「マイノリティが加害者、白人富裕層が被害者、泣き叫ぶ人、派手な事故」などが良いニュースの条件であると提示するシーンがあり、主人公が撮るべき映像のビジョンも明確だと言えます。

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もちろんそれに見合う映像を撮ればしっかり大金がもらえるので、この項目は余裕でクリアしています。

 

⑤業務内容がバラエティに富んでいる

主人公の仕事内容は撮影のみですが、その対象となる事件・事故に同じものなど1つもありません。はいクリア。

 

⑥仕事内容が他人の生活に影響を与えている

映画内では主人公が撮ってきた映像があまりに過激すぎて放送するかどうか議論になるシーンがあります。これは彼の仕事が社会に与える影響の大きさを考慮して巻き起こった論争でしょう。米国中で放映される番組に映像を提供している主人公は間違いなく他者に影響を与えています。

 

⑦組織内に友人がいるか

「職場に3人以上友人がいると給与の満足度が2倍になる」
「職場に最高の友人がいると答えた人はそうでない人に比べて仕事のモチベーションが7倍である」といったデータがあるようです。

 

実は、主人公はこの項目のみ満たしていません。パパラッチ仲間に協力を煽られても一匹狼を貫き、同僚は全員ライバルとみなしています。一応途中から高卒のホームレスを手下として雇うのですが、恐らく道具としか思っていません。

ただこれは主人公が自分の意志で孤独になっているだけなので仕方なく思えます。局の人間とも冗談交じりに会話でき、コミュニケーション能力に不足があるわけでもない、そのくせに対人関係の部分だけ頑なに我を貫いているのです。

『科学的な適職』においても、7つの条件すべてを完璧に満たす職を探すのは難しいので項目に優先順位を与える必要性が説かれています。主人公にとって友人の存在は本当にどうでも良かった。そこがサイコパスたる所以だったのではないでしょうか。

 

ということで、「適職」の諸条件をひとつひとつ照らし合わせたところ主人公はかなり満足度の高い転職を達成していたことがわかりました。

 

 

 

 

 

ナイトクローラー』の終盤、手下として使い走っていた男に給料UPを求められた主人公がこう切り返すシーンがあります。

 

仕事の魅力は付随する金額じゃない
成長事業でいちから経験を積める

 

今までの流れからすれば嘘は言っていませんが、彼が他人をアドバイスによって正しい方向に導こうとする人間とは思えません。きっと給料を払いたくないだけです。

交渉の末、手下の男は主人公にしびれを切らします。

 

もっと人の気持ちを考えろ 人間扱いするんだ
お前のために言うんだぞ 見方が歪んでるんだ

 

『科学的な適職』で指摘された適職の基準は「科学的」でしかありません。ここで挙げた項目だけで判断していいのであればゴマキの弟の銅線泥棒も多分適職です。実際の仕事選びでは倫理学的な視点もあれば経済的な視点、体力的な視点も必要でしょう。

子供にやってみたい仕事を聞いた時、「達成感のある仕事」だの「場所に縛られない仕事」だの答えられたらなんてつまらないガキだと感じるはずです。僕ならば「宇宙飛行士になりたい」とか「YouTuberになりたい」とか言ってくれよと思います。仕事とアイデンティティは密接に関係しているので、何よりも個人的な視点が最も重要なのではないでしょうか。

 

こちらからも身も蓋もないことを言ってしまいましたが、『科学的な適職』は『ナイトクローラー』の主人公すら適職認定できてしまうのが”実用書としての”弱点だと感じます。ただ同時に、そこが科学の面白いところじゃんとも思います。